202. 水をかぶって行をするというが、体にかぶっても何にもならない。心にかぶれ。寒三十日の水行をするといっても、それは体を苦しめて病気をこしらえるようなものである。家内や子供の病気のために水をかぶって、一週間日参をしても治らなければ、自分の体に傷がつくだけである。水をかぶったから真である、水をか… - Konkō Daijin

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202. 水をかぶって行をするというが、体にかぶっても何にもならない。心にかぶれ。寒三十日の水行をするといっても、それは体を苦しめて病気をこしらえるようなものである。家内や子供の病気のために水をかぶって、一週間日参をしても治らなければ、自分の体に傷がつくだけである。水をかぶったから真である、水をかぶらないから真がないとはいえない。食わずの行をするのは、金光大神は大嫌いである。食べて飲んで体を大切にして信心をせよ。

Japanese
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About Konkō Daijin

Konkō Daijin (金光大神; also known as Kawate Bunjirō 川手文治郎, 1814–1883) was a Japanese religious leader who founded the Konkōkyō (金光教) religion in 1859. Konkōkyō, which was officially classified as a Shinto Sect in 1885, is currently headquartered in Konko Town, Okayama Prefecture, Japan.

Also Known As

Alternative Names: Bunjirō Kawate Kawate Bunjirō Konko Daijin Kandori Genshichi Akazawa Bunji Ikigami Konkō Daijin Ikigami Konko Daijin Ikigami
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54. 人のことをそしる者がある。神道はどう、仏教がこうなどと、そしったりする。自分の産んだ子供の中で、一人は僧侶になり、一人は神父になり、一人は神主になり、また、役人になり、職人になり、商人になりというようになった時、親は、その子供の中でだれかがそしられて、うれしいと思うだろうか。他人をそしるのは、神の心にかなわない。釈迦もキリストもどの宗祖も、みな神のいとし子である。

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